土地神 その2

[昨日の続き]

家を建てる時には、最初に地鎮祭をいたします。多くの場合、神式の祭壇を設け、神主さんに祝詞をあげて頂きます。その土地神様に、工事中の無事などをお願いするためです。

建て主が無宗教・無信心なら、地鎮祭なんて、やらなくてもいい?

そうはいきません。実際に建てるのは大勢の職人さんたちです。職人さんたちにしてみれば、悪いことが起きないように、神仏の力にすがりたくもなるでしょうし、昔から続いている祭事をおろそかにするなんて、けじめが付きません。

地鎮祭の時の祝詞は、「お名前は存じませんが、この土地の神様にお願い申し上げます」という感じの言い回しであると、聞いた記憶があります。

日本には「氏子(うじこ)」システムがありますので、氏子のテリトリー、イコール、そこの土地神、と考えられます。もしも、私の聞いた話が間違いでなく、前述の「お名前は存じませんが…」的言い方の祝詞だとしたら、土地神は確定できない、ということになります。もっとも、「土地神」とか「鎮守」とか、さてまた「氏神」とかも、厳密な区別って、よく解りません。

確定できない土地神に対して、固有の神様の御名を唱えたら、間違っていた時はどうするの? という不安が起こります。

だったら、初めから「すみませんが、御名はあえて言いませんが…」と言っておいた方が、間違いはないし、本当に土地神が解らないのならば、こう言うしかないですね。

以上の解釈でいけば、寺の「土地堂諷経」でも、固有の神様の名前は言わない方がいいのでは? と考えてしまいます。熊野神社の氏子だから、「熊野三所大権現(ユウヤサンスダイゲンネン)」と唱えていますが、本当は固有の神様を言わない方がいいんじゃないの? って思うわけです。

もっとも、熊野さん以外に「すべての神様」という一言が入っているので大丈夫なのです。



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土地神

日本は元来「カミの国」でした。そこへ大和・飛鳥時代頃に、シナ(中国)から仏教が入ってきました。

仏教側は、次第に神様側を取り込んでいき、日本は「神仏習合」化されていきます。政治的思惑も絡み、かなり仏教優位な状態でした。例えば、稲荷大明神は「ダキニ天」と一緒にされ、八幡様は「八幡大菩薩」と呼ばれました。

それが、明治時代に「神仏分離」が行われ、神様は復権し、寺と神社は元のように別物となったのであります。

日本国内のすべての地面には、神様がいらっしゃいます。カミの国ですから。その神様は普通「土地神」とか「鎮守」などと呼ばれます(厳密に言うと、いろいろ分類があるみたいですが)。

智光院のある場所は、熊野神社のテリトリーなので、熊野神さまが土地神ということになるのでしょう。熊野神社は、八咫烏(やたがらす)をシンボルとする神様ですね(サッカーファンにはおなじみ!)。

寺の朝のお勤め(読経)に、土地の神様に加護をお願いするお勤めがあります。「土地堂諷経(つちどうふぎん)」「鎮守諷経(ちんじゅふぎん)」と言うのがそれです。読経に引き続く回向(えこう)の中で、「熊野三所大権現(ユウヤサンスダイゲンネン)」と唱えます。

神様へ厄災除けや守護を祈るのは、神仏習合時代の名残なのでしょうか。それとも、日本人の内なる魂が、それをさせるのでしょうか。

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