無心をめざして
ある程度坐禅に熟達したら、今度は調心法自体も捨てていきます。調心法はあくまでも「雑念を一念で抑える」という考え方ですから、これも雑念に他なりません。
脳の奥底にある、人間の持って生まれた「智慧=仏の心」を観察し、雑念を捨て、無心になっていきます。「無心」とは、心に何も感じないことではありません。心の奥底にある「仏の心」を感じること、これが「無心」です。

脳の奥底にある、人間の持って生まれた「智慧=仏の心」を観察し、雑念を捨て、無心になっていきます。「無心」とは、心に何も感じないことではありません。心の奥底にある「仏の心」を感じること、これが「無心」です。

since 2004/6/1 - last modified 2005/3/17
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