初期の止観から

中国に仏教が伝わった最初期に翻訳された経典(2~3世紀ごろ)の中に、安世高の訳した『大安般守意経』があります。この経には、数息観と随息観による止観が書かれてあり、「坐禅」という言葉も見られますが、開目・閉目や、調身(坐禅の時の身体の姿勢の整え方)についての記述はありません。なお、『小止観』の「修止観法門調和第四」中の、「第二初入禅調息法」と「第三初入定調心」は、この経典を踏襲した内容になっています。

『修行道地経』と『道地経』(『修行道地経』の部分訳本)には、5種類の止観法が書かれております。そのうちの「白骨観」と呼ばれる行法に、「開目」「閉目」という言葉が見られます。大まかに解読すると、

「目を開けているのも閉じているのも、白骨観修行においては同じこと。」
と読み取れます。



*『修行道地経』(しゅぎょうどうじきょう)

大正新脩大蔵経 経集部 606
訳者…竺法護(じくほうご・231?~308?・中国西晋で活躍)
記事中との関係箇所…神足品第二十二。・・・其修行者。觀人身骸在前在後等而無異。開目閉目觀之同等。是謂爲寂。尋便思惟。頭頚異處手足各別。骨節支解各散一處。是謂爲觀。此骨鎖身因四事長。飮食愛欲睡眠罪福之所縁生。皆歸無常苦空非身。不淨朽積悉無所有。是謂爲觀。取要言之。・・・


*『道地経』(どうじきょう)

大正新脩大蔵経 経集部 607
著者…僧伽羅刹(そうぎゃらせつ)
訳者…安世高(あんせいこう・生没年不詳・中国後漢末期に活躍)
記事中との関係箇所…神足行章第六。・・・譬如人刈芻。左手把芻右手持鎌便斷芻。彼譬如把芻是應止。如斷芻是應觀。譬如行者見髑髏熟諦視。若如開目見。閉目亦見亦爾無有異。・・・

since 2005/4/12 - last modified 2005/4/18


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