善い行いと懴悔

『ブッダの真理のことば 感興のことば』中村元訳(岩波書店 ISBN4-00-333021-8)より引用させていただきます。『感興のことば』の、第7章 善い行ない より。

1, 身体に過ちを犯さないように、まもり落ち着けよ。身体について、慎んでおれ。身体による悪い行ないを捨てて、身体によって善行を行なえ。
2, ことばで過ちを犯さないように、まもり落ち着けよ。ことばについて、慎んでおれ。語(ことば)による悪い行ないを捨てて、語によって善行を行なえ。
3, 心で過ちを犯さないように、まもり落ち着けよ。心について、慎んでおれ。心による悪い行ないを捨てて、心によって善行を行なえ。
4, 身体による悪い行ないを捨て、ことばによる悪い行ないを捨て、心による悪い行ないを捨て、そのほか汚れのつきまとうことを捨てて、
5, 身体によって善いことをせよ。ことばによって大いに善いことをせよ。心によって善いことをせよ。ーー汚れのさまたげの無い、無量の善いことを。
6, 身体によって善いことを為し、ことばによっても心によっても善いことをするならば、その人はこの世でも、またかの世でも幸せを得るであろう。



身体とことばと心の働きによるさまざまな行為を「身口意の三業(しんくいのさんごう)」と言います。当サイトの経典解説「懺悔文」を参照していただきたいのですが、私たちは永遠の過去より「むさぼり」「怒り」「愚かさ」という3種類の悪しきもの=三毒(さんどく)を持って、この世に生を受けます。三毒は身口意の三業を通して、悪い行いとなって現れます。

我が身は何と罪深きものであろうか…そう自覚した時に、私は過ちを悔い許しを請うのでありますが、それが心の底より行う懴悔でなければ、還って罪を深くします。例えば貴方が誰かから謝罪を受けた時、真心のこもった謝罪には寛恕が生まれると思いますが、形ばかりの謝罪は逆に怒りが増すと感じませんか? それと同じです。懺悔は無私の心より出なければなりません。

冒頭の釈尊のお言葉を信じ、常に懴悔する気持ちを忘れず、私心なく善行を積むならば、その功徳によって私ばかりか、一切の衆生は救われるのです。三毒すらも、未来の幸せに続く善因となるのです。

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