K和尚
「寺を継ぐ気がないのなら、継がなければいい。やる気のない人間が住職になったら、その寺の檀家が気の毒だ」
私の父である先代住職が、いよいよ死期迫っていた頃、私が智光院を継ぐのをためらっていた時に、K和尚さまが私に言ったセリフです。
そのK和尚が、先日お亡くなりになりました。
臨済宗の寺は世襲制ではありません。よって、私が智光院の長男だから、という理由で寺を継ぐ必要はないわけです。父は私に「自分の好きなことをやれ」とは言いましたが「寺を継げ」とは一度も言いませんでした。
先述のK和尚の言葉を聞いた時、私は複雑な心境になりました。『寺は継ぎたくないし、だから、私が継いでも誰も喜ばない』と思った反面、私はお檀家の皆さまから、子供の頃から智光院の跡継ぎとして期待されていましたので、K和尚の言葉を額面通りに受け取っても良いのだろうかと。
その後、紆余曲折あって私は寺を継ごうと決心しました。癌の末期で、常に苦しそうにしている父に「俺、寺継ぐよ」と言った時、父は笑顔を浮かべました。その日が生前の父に会った最後の日になりました。
私の父である先代住職が、いよいよ死期迫っていた頃、私が智光院を継ぐのをためらっていた時に、K和尚さまが私に言ったセリフです。
そのK和尚が、先日お亡くなりになりました。
臨済宗の寺は世襲制ではありません。よって、私が智光院の長男だから、という理由で寺を継ぐ必要はないわけです。父は私に「自分の好きなことをやれ」とは言いましたが「寺を継げ」とは一度も言いませんでした。
先述のK和尚の言葉を聞いた時、私は複雑な心境になりました。『寺は継ぎたくないし、だから、私が継いでも誰も喜ばない』と思った反面、私はお檀家の皆さまから、子供の頃から智光院の跡継ぎとして期待されていましたので、K和尚の言葉を額面通りに受け取っても良いのだろうかと。
その後、紆余曲折あって私は寺を継ごうと決心しました。癌の末期で、常に苦しそうにしている父に「俺、寺継ぐよ」と言った時、父は笑顔を浮かべました。その日が生前の父に会った最後の日になりました。
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