生死事大、無常迅速。

人間オギャーと生まれ、歳をとるにつれ、欲やら煩悩やら迷いやらが際限なく増え続け、毎日が不安の連続となってしまう。「生」とは苦しみの連続なのだ。

では、「生」が苦しみなら「死」はどうだろうか? 「生」も「死」も、不安や苦痛である。「死」には、「生」の間に受ける恐怖とは違う、異質の「恐れ」というものがある。

人は「苦しみから逃れたい」と思っていながら、目の前に「楽」があれば、それを追ってしまう。その「楽」が恒久的な「楽」であればよいのだが、多くの場合、それは一時的な「楽」でしかない。「苦が滅した楽」つまり「涅槃(ねはん)」を得ることができればよいのに、涅槃に向かって修行をする人は少ない。

「生死」のことは、涅槃に向かうための大きな問題である。この問題は、簡単には片づかない。仮に人間100才まで生きたとして、およそ36500日。あなたは今現在、生まれてから何日目をカウントしていますか?

1年なんてあっという間に過ぎるのです。そんなことは解っていますとも!

では、一生は長いですか? それともあっという間ですか?

生死事大 無常迅速 光陰可惜 時不待人
(しょうじじだい むじょうじんそく こういんおしむべし ときひとをまたず)

生死の問題は人生の一大事。世界は常に変化し続け、そのスピードは速い。時間の流れも同様だ。なぜ無駄に時間を過ごすのか? 待ったなしに、時は動き続け、そして、過ぎ去った時間は元に戻らない。
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