愚か者の如く

「潜行密用如愚如魯」
せんぎょうみつゆう、ぐのごとく、ろのごとし。

特に目立つように行動せず、ひそかに丁寧綿密に、正しい行いを修めなさい。正しい行いをするということは、時として、他人からはバカみたいに見られるものだ。しかし、他人から「愚か者」と呼ばれるぐらい、徹底して仏道修行に励みなさい。そんな陰徳を積む人物こそ、正真正銘の人格者である。

例えば「赤信号」。
赤信号は「止まれ」だが、クルマがまったく来る気配がない交差点で、周りの人が赤信号を無視して渡っている時、一人だけ突っ立っているのはバカみたいに見える。

まぁ、たとえて言えばこんな感じですかね。

考え方は人それぞれです。「クルマが来ないのならいいじゃないか」と言う人もいるでしょう。でも、社会にはルールがあります。ルールを無視すれば、社会は混乱します。不当に被害を被ることも起こります。

「潜行密用如愚如魯」

良い言葉です。心の片隅に留めておくべき金言でしょう。
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難しい言葉ですね。
・・・きっと覚えられないです。

実は私、最近ほんの少し改心した事があって。
洋服屋さんに行くと、シャツなどがハンガーからズリ落ちている事が多々ありますよね?
前は 「汚れちゃう」と思って全て直していたんですが、女性用の服って、本当に落ち率高いんですよ。
ある時、「店員でもないのに何で又こんな事してるんだろ?ゆっくりショッピング出来ないよ。」と思ってやめてみたんです。
見て見ぬ振り。
でも、知ってて拾わない罪悪感の方が大きい事に気付き、又振り出しに戻してみました。
「潜行密用如愚如魯」とは違いますが、
小心者でいる方が性にあっていたみたいです。

Smiley さん、いつもありがとうございます。

あなたは素晴らしい! 小心者でいいじゃないですか。

ユ○クロに行くと、あそこの品物って、いつもめちゃくちゃにされているんですが、私もつい、そのめちゃくちゃになってるシャツをたたんじゃったりしますよ。店員でもないのに、何でだろう? 「何となく」としか言いようがないんですが。

知ってても 知らないふり?

こんばんは、おじゃまします。
『宝鏡三昧』を習いました時、あまりの言葉の難しさに、どうしても意味を知りたくなりました。西嶋様の提唱の本を見つけ、これでいつでも照らし合わせることができるとひと安心。ところが安心したら、ほとんど新品同様。これではいけませんね。
~教えてください~
先日、寺の行事で、楞厳呪行道がありました。習ってから初めての実視がちょっと楽しみでした。
前回は、私にはむづかしく読めるはずがないと思っていましたが、今回は、私も経本を見ながらよみました。
一生懸命のあまり、つい大きな声になっていましたが、こんな時は、和尚様以外は、静かにしていたほうが良いのでしょうか?どうかよろしくお願いします。

Re: 知ってても 知らないふり?

さすがは和楽庵さん、ビンゴ!です。

「潜行密用如愚如魯」は、『宝鏡三昧』という書物にある言葉です。この手の言葉は、解説本や提唱本を読んだだけでは、真意は解らないものです。いつでも心の片隅で念じていることが肝要です。

さて、『楞厳呪』に限らず、お経は大きな声で、皆さんで読むのが理想でしょう。つまり、和尚と一緒に唱和するのは、まったく問題がないどころか、大変な功徳といえます。

ちなみに行道(ぎょうどう)では、中で歩いている和尚は読経せず、その外側周囲に立つ「経柱(きょうばしら)」と呼ばれる役僧たちが読経をするのが、正式なやり方だと思います。

ありがとうございました。

安心しました。これからも、大きな声で一生懸命よみます。

「坐らないとわからない」と、住職にはいつも言われるのですが、私はいつもこせこせしています。動中の工夫と言われても時間が切り刻まれて、まとまりません。

本を読んだり、話を聞いたりして、そのときは、頭ではわかった気がしても、自分のものにはなっていません。いつかきっと、「あの言葉はこれのことを言っているんだ」とわかる日が来るのを信じて、心に安全ピンで留めておきます。

また勉強させてください。


追伸

うちの斉会では和尚様皆読経してみえました。  ・・・ように見えました。
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