除夜の鐘

昭和63年12月31日の夜。私は修行道場の鐘楼の上に立ち、時計の針を見つめていました。除夜の鐘を撞くのが、私の仕事でした。

一般の皆さんは、除夜の鐘を撞きたいと思うでしょうが、ほとんどの修行僧はそうは思っていません。なぜかと言えば、鐘を撞くということは、その分の貴重な睡眠時間を削られるからです。しかも寒いです。そう、寒いのです。皆さんのようにマフラーも耳あてもしていません。コートも着ていません。正直なところ、除夜の鐘なんて他の誰かに任せたいのです。しかしながら、今年の除夜の鐘を撞くのは私の役目ですし、大切な修行ですから、職責は全うしなければなりません。

大鐘は毎朝、毎夕撞いていますから、鐘を撞くこと自体は問題がありません。しかし、除夜の鐘はちょっと勝手が違います。「108」通という決まった数だけ撞かなければならないのです。そして、私の隣で数をカウントしてくれる助手はいません。そのために、108本のマッチ棒と2つの箱を用意して、右の箱に108本のマッチ棒を入れておき、1つ撞くごとにマッチ棒を1本、右の箱から左の箱へと移動させます。右の箱が空になれば除夜の鐘は終了となります。

時計を見て、撞木の綱を持ってスタンバイ。時計の針が0時を指すと同時に、私は釣り鐘を撞きました。マッチ棒を1本左の箱へ写し、音の余韻を聞いてタイミングを見計らい、そして2通目、3通目と鐘を撞き続けました。

しばらくすると、もう寝ているはずの先輩が、私のもとにやってきました。

「そんなにゆっくり叩いていたら、寝る時間がなくなるぞうっ」。

先輩は私に代わって1回鐘を撞き、そして自分の手のひらを鐘に押し付けました。

「こうやって余韻を消すんだよ。朝夕の鐘と同じに撞かなくていいんだよ。誰も聞いてないんだから」。

先輩は私にこのアドバイスを残し、背中を丸めて庫裏に戻っていきました。

なるほど、そうするのか。私はその後は先輩の教えに従い、1回撞けば手のひらを当てて余韻を消し、撞く速さを上げました。人間というものは要領というものを覚えると、丁寧な仕事で速くなるか、いい加減な仕事でどんどん手抜きをするか、どちらかになるものではないでしょうか。私の場合は後者です。だって寒いし眠いんですから。

1通ごとの打つ間隔がどんどんと速くなります。そしてマッチ棒を移したか、移さなかったかも定かではなくなります。寒いし眠いし、もうとにかく打ち終わって早く寝たいのです。

(多分)108通の鐘を撞き終わった私は、鐘楼から逃げるように庫裏に帰り、冷たい布団の中に潜り込み、眠りにつきました。

毎年大晦日の夜、遠く鐘の音を聞くと、修行時代が懐かしく思い起こされます、、、2度とやりたくありません。辛かったです。

除夜の鐘を撞くお寺は、甘酒を振る舞ったりしますね。事前の準備、当日の準備をして、整理券を配ったり、灯りを用意したり、事故がないように注意を払ったり、いろいろなことをしなければなりません。住職だけではできませんから、地域の人たち、お檀家さんたちのお手伝いが必要不可欠です。「除夜の鐘」というイベントは、このような陰の力、周囲の支えがあって行えるのです。私たちの毎日も同じだと思います。自分一人で生きているわけではありません。皆さんが運良く鐘を撞くことができたなら、

「自分はたくさんの人たちから支えられて、日々過ごさせていただいている」

というお気持ちを鐘の一撞きに込めて、そして感謝の合掌をしてください。決して修行時代の私のように、いい加減に撞かないでくださいね。

インフルエンザが流行っているようです。皆様どうぞお身体大切になさってください。そして、良き新年をお迎えください。今年1年、どうもありがとうございました。来年もどうぞよろしくお願いいたします。
関連記事

コメントの投稿

非公開コメント

ブログ内検索
カテゴリー
全記事表示リンク

全ての記事を表示する

最近の記事
最近のコメント
最近のトラックバック
月別アーカイブ
Author

うぇぶちこういん

ちこういん

リンク
バナー
住職へメールを送る
メールアドレスは正確に書いて下さい。間違いがあると、返信ができません。

名前 or ハンドルネーム:
メールアドレス:
件名:
本文:

RSSフィード
訪問者数累計