大円鏡智

『もし、ここに水の入った壺があったとして、水面が風で波立っていたとしたら、この水は、物を正しく映すことができるであろうか?
またもし、この壺が火にかけられて煮え立っていたとしたら、この水は、物を正しく映すことができるであろうか?
さらにまた、この壺の水が、長く放置されて、腐り、水苔に覆われていたとしたならばどうであろうか?
もちろん、これらの水は、物をありのままに映すことはできない。
それと同じく、もし我々の心が、貪り(むさぼり)で波立ち、瞋り(いかり)で煮え立ち、愚痴(ぐち)で腐っていたならば、我々は正しく物を見ることができるだろうか?
皆の者よ、もちろんそれは不可能なことである。』


この言葉は、釈尊が弟子たちに向かって話した言葉だそうです。故・盛永宗興老師の講演録を読んでおりましたら、その中に出てきました。

曇った鏡は、クリアに映りません。私たちの心も、鏡のようなものです。先入観で判断したり、持論をかざして他人の意見に耳を貸さないのは、鏡が曇っているのと同じことで、正しい判断を妨げています。
むさぼり、いかり、愚かさは、「三毒(さんどく)」と言って、己を不幸にする源とされています。欲望や煩悩も、三毒が端を発して起こります。つまり、三毒は、誤った心を作りだして、私たちを不幸に導いている元凶と言えます。

心に邪なフィルターがかかっていたら、それを外すことから始めましょう。心をクリアにすれば、正しい判断が可能となり、その結果、三毒は菩薩道に変わっていくのです。

ありのままを素直に映す鏡のような心、落ち着き払って正しい判断ができる心、これを「大円鏡智(だいえんきょうち)」と言います。この言葉は、卒塔婆に書いてあるのを、時々見かけますね。
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